昔、現代日本から平安時代風の異世界に転移したおたく男がいた。おたく男は仲良くなった女と別れたので、反省してこの異世界の恋愛事情を調べてみることにした。事例研究というわけである。おたくによくある研究心を発揮して、恋愛の研究を始めたのだ。
まず最初は、別れてからよりを戻したという事例を調べてみた。これは重要だと思ったのである。
昔、軽い気持ちで付き合っていたがふとしたことで別れてしまった男女がいた。それでも忘れられなかったのか、女から男に歌を贈った。
憂きながら人をばえしも忘れねばかつ恨みつつなほぞ戀しき
つらい気持ちですが、あなたを忘れることが出来ないのです。一方ではあのことを今でも恨んでいますが、また一方では恋しい気持ちもあります。
あのことがなんだか、もちろんおたく男には分からないけれど、おそらくは二人が別れるきっかけになった何かであろう。問題は解決していないけれども、仲直りをしたいという気持ちもあるということか、とおたく男は思った。
相手の男は「思った通りだ」と言って歌を返した。
あひ見ては心ひとつをかはしまの水の流れて絶へじとぞ思ふ
もう一度夫婦の関係になったならば、二人の心をひとつに交わして、川の中洲で水が二つに分かれてもその後また一つになるように、二人の仲が絶えないようにしようと思います。
という歌を返したけれど、さっそくその夜に、女のもとに行った。フットワークが軽いことである。そして二人はこれまでのことを話し合って男が謝ったり、これから先のことを話したりした。そして男は、朝別れる時に、
秋の夜の千夜を一夜になずらへて八千夜し寝ばやあく時のあらむ
長い秋の夜を千回分で一夜と数えて八千夜、あなたと共寝をしたら満足して飽きてしまうことでしょうか。
女はそれに返して
秋の夜の千夜を一夜になせりともことば残りて鶏や鳴きなむ
長い秋の夜を千回分で長い長い一夜としても、ピロートークは終らずに鶏が朝を告げるでしょう。
男は別れる前よりも情愛深く女のもとに通った。
おたく男がこの事例で思ったことは、軽いということであった。すぐによりを戻すのも軽いし、男のフットワークも軽いし、「千夜を一夜に」という言葉も大げさな分だけ軽い。
この軽さこそが学ぶべき点だとおたく男は思ったのである。