おたく男が異世界に来て何年も経ち、異世界に馴れてきたと同時に飽きてきた。女の元に通うのも何かと面倒なのである。都の中に住んでいる女ならまだしも、都から離れたところに住んでいる女となると、他に心を移した女がいるわけでなくても、単に遠いというだけで行くのが面倒になるのだ。
そういう訳で、津の国のうばら郡というところに住んでいる女の元に面倒だと思いながらも通って行った。ところがどうもその面倒だという気持が女にバレているような気がしてきたのである。もしかしたら、女はおたく男がこの夜を最後にもう通ってこないんじゃないかと思っているのではないか。そういう風に女が思っているかも知れないとおたく男は思ったのである。
男に他の好きな女が出来たせいでもう通ってこないと、そう女が思っているかも知れない。けれどもそうじゃないよと男は歌を詠んだ。
葦邊より満ちくる潮のいやましに君に心を思ひますかな
葦の生えている岸辺に潮が満ちて来るように、あなたを思う気持も私の心の中に満ちて増えていますよ。
こもり江に思ふ心をいかでかは舟さす棹のさして知るべき
深く入り込んだ入り江のように、こっそり隠れている私の心は、舟で入り江に入ってきて棹をさして調べてみないでどうして知ることができるでしょうか。
ちょっと都を離れただけで、どうして人は急に表現が直接的になるのだろうか、そしておたく男はそういう女にばかりモテるのだろうか。歌に詠んだ葦ではないが、いなかの人の素朴なこともよしあしである。