昔、現代日本から平安時代風の異世界に転移したおたく男がいた。事例研究ばかりしていても面白くないので、ちょっと女性と交際してみようと思った。
何度か手紙を送ったが、女は会って(共寝する)とも会わないとも言わないで、男をじらすのであった。それだけのことはあるモテ女なのである。その女におたく男は会いたいという思いを込めて歌を贈った。
秋の野に笹わけし朝の袖よりも逢はでぬる夜ぞひじまさりける
秋の野で笹を踏み分けて朝露で濡れてしまった袖よりも、あなたに会わないでひとり寂しく寝る夜の方が、涙で袖がいっそう濡れてしまいます。
モテ女からの返事の歌
見るめなきわが身をうらと知らねばやかれなで海人の足たゆく来る
海藻も生えない海岸のように見どころもなくつまらない私だと知らないで、漁師がよく足を引きずってまでやってきます。
あれっとおたく男は思った。これはおたく男の歌に対する返事ではない。メール誤送信じゃないのか。モテ女なのでいろいろな男から歌が贈られて、それぞれに返事を書くのだろうが、これは返事する相手を間違えたようだ。
モテ女が間違えたのか、それとも手紙を届ける使いの者が間違えたのか。どちらか分からないけれど、間違いを指摘するのも相手に失礼である。残念だが、ここは知らない振りをするしかないだろう。