おたく男の事例研究は続く。成功事例だけでなく失敗事例も研究しなければならないのだ。
昔、片田舎に住んでいる男がいた。男は上京して宮仕えすると言って女を残して田舎を出て行ったのである。なかなか宮仕え出来なかったのか、それとも宮仕えして仕事が忙しかったのか、三年間音沙汰もなかった。女は待ち疲れてしまったが、ちょうどそこに熱心に女に求婚する男が現れたのである。女は迷ったけれど、男の求婚を受け入れ、そして男が今夜行きますと言ったのであった。
まさにその夜に、上京していた男が女の家を訪れた。なぜ、前もって手紙を出すなりしなかったのか。いきなり訪れて驚かせたかったのか。とにかく間が悪い。
「この戸を開けて下さい」
男はそう言ったが、女は戸を開けないで、歌を詠んで差し出した。
あらたまの年の三年を待ちわびてただ今宵こそにひまくらすれ
あなたがいなくなってから三年待っていましたが、待ち疲れてしまいました。今夜はちょうど新しく夫となる人と新婚初夜の予定なのです。
女がそう詠んだので、男の返した歌。
梓弓ま弓槻弓年をへてわがせしがごとうるはしみせよ
梓の木で作った弓や、檀(まゆみ)の木で作った弓、槻(つき)の木で作った弓を引くように似ているけれど微妙なバリエーションを付けて飽きることなく二人で長年愛し合ったように、新しい夫となる人とも仲よく愛し合って下さい。お幸せに。
この男は悪気はないのである。素直に女の再婚を祝福しているのである。なのだが、それが悲劇の元になってしまう。
男がこの歌を詠んで帰ろうとすると、女は男が悪気もなく女の結婚を祝福してくれたことに感じか、それとも歌に詠まれた二人の愛の生活を思い出したのか、男に未練が出てきた。
梓弓引けど引かねど昔より心は君によりにしものを
あなたがそんな歌を詠んで私の気を引こうとしているのか、それとも気を引くつもりはないのか分かりませんが、昔から私の心はあなたに寄り添っているものですのに。
男はこの歌を受け取ったけれど、帰ってしまった。女はとても悲しくなって、男のあとを追いかけたけれど、追いつくことは出来ずに、わき水のところで倒れてしまった。女はそこの岩に指から出ている血で歌を書き付けた。
あひ思はで離れぬる人をとどめかねわが身は今ぞ消えはてぬめる
以前は思い合っていたのに、今は私が思う一方の人が去って行くのを止めることが出来ないので、私の身は今きえてしまうだろう。
そして女はむなしく死んでしまった。
何が悪かったのかとおたく男は考えた。再婚を祝福する歌に、二人の思い出を詠み込んだのが悪かったのかも知れない。しかし、何よりも連絡なしにいきなり女の所を訪れたのが悪い。サプライズはよくないよ。