昔、現代日本からこの世界に転移してきたおたく男がいた。とりとめもなく歩いているうちに陸奥の国まで行き着いてしまった。その国の女で、京の都から来た男を珍しいと思ったのか、それとも現代日本という異世界から転移して来た男なので珍しいと思ったのか、とにかく男に一目惚れしたのであった。
その女が男に歌を贈った。
なかなかに恋に死なずは桑子にぞなるべかりける玉の緒ばかり
なまじ人間であるから恋い焦がれる気持ちで死にたくなるので、いっそ蚕蛾になった方がよかった。羽化してすぐに交尾して死んでしまう短い命だったとしても。
この歌は京の都の人には田舎じみているように感じられるだろうが、現代日本の古典の授業で万葉集の東歌を習った男にとっては、東歌にみられるような素朴でよい味わいであると感じられたのであった。そこで女のところに行って共寝をしたのである。
しかし、ピロートークで話が噛み合わないのであった。文化の違いは大きかったのである。それなので男は朝を待たずに深夜のうちに女の家を出た。
そこで女が詠んだ歌。
夜も明けばきつにはめなでくたかけのまだきに鳴きてせなをやりつる
夜が明けたら糞雄鶏を水桶にぶちこんでやるよ、まだ夜が明ける前に鳴いてダーリンを帰してしまったのだから。
これではさすがに素朴を通り越して粗野である。男は京の都に帰ると言って歌を詠んだ。
栗原のあねはの松の人ならば都のつとにいざといはましを
この地方の名物の栗原の姉歯の松が人だったら、京の都へお持ち帰りするのだけれどねえ。(残念ながらあなたはそれほどではないのです)
これに対して女は男が私のことを思っていると勘違いしていた。