まえがき
高校の古文で伊勢物語の東下りを習った時に思ったことは「おまえ、結婚してたんかい!」。そんな気持ちを込めて書きました。
本文
むかし、この現代社会に住む男がいた。男は自分がこの社会では役に立たないと思い込んで、この世界に住むのはやめて異世界に行こう、異世界ならこんな自分でも活躍できるはずだと考えた。
転移先はその世界の田舎だったので、お供となる人を二人ほど雇った。都まで案内してもらうためだ。異世界に友だちはいないのである。
お供を雇うために現代便利アイテムを使った。この時使ったのはチャッカマンミニである。これの良いところは、実際には使うと燃料が減る消耗品でありながら、ちょっと使っただけでは減っているように見えないという点にある。永久に使えると思わせれば、それだけ高い価値で取引できる。異世界に行く時はチャッカマンミニを持って行くといい。お勧めである。
ところが、このお供の二人はほとんど役に立たなかった。道を知っているようなことを言っていたが、村を出て隣村まで行ったことがある程度で、その先の道は知らなかったのだ。
三人で迷いながら進んだ。そのうち、三河の国の八つ橋というところに着いた。八つ橋という名前の土地だけれど、八つ橋は売っていなくて、ただ単に川が枝分かれしているので橋を八つ掛けて八つ橋だという。しかし数えてみると橋は六つしか掛かっていなくて大げさに言っているだけのようだ。それとも見えないところにまだ橋があるのかも知れない。
名前を聞いたので、お菓子の方の八つ橋が食べたいという気持ちが高まってきた。元の世界から非常食は持ってきていたが、お菓子は持ち込んでいない。嵩張るし賞味期限もあるので持ち込むには不適切であろう。八つ橋を食べるなら、異世界転移する前にそっちの世界にいるうちに食べておいた方がよいであろう。そして八つ橋は生八橋がお勧めである。
川のほとりの木の陰で、干し飯という現地の携帯食を食べた。雇ったお供は道案内としては役に立たないけれど、荷物運びとしては役に立ち、携帯食やら水やらを運ばせていたのである。
そこに杜若(かきつばた)が見事に咲いていたので、お供のひとりが「かきつばたという文字を句の頭に入れて、旅の心を読んでみなさい」などと、生意気なことを言った。
すると、なぜか自動的に短歌が頭に浮かんで来た。
唐衣、着つつ馴れにし妻しあれば、はるばる来ぬる旅をしぞ思う
チャイナドレス(チーパオ)姿で見慣れた俺の嫁フィギュアを置いて来てしまったので、はるばる異世界に来たことを少し後悔している。
でも、棚一杯に飾られた俺の嫁たちの中から、春麗フィギュアだけを選んで持ってくることも出来なかったのだ。
これを聞くと、お供の二人もそれぞれのヨメのことを思い出したのであろう、漫画かアニメのように盛大に涙をを流して、それが干し飯の上にかかって、干し飯がふやけて食べやすくなったことである。