昔、現代日本からこの世界に転移してきたおたくの男がいた。
懸想する、つまり想いを懸ける、恋する相手の女がいた。それはこの世界に来て世話になっている有力貴族の娘であった。真珠を天皇に献上する件や、貴族の地位を用意してもらう件で貴族の家に通ううちにちらりと見かけて気になっていたのである。
娘は父親と同居している訳ではないが、父親に会いに来ることがあって、その時に目にしたのであった。娘とおたく男は年の差はあったが、この世界で男と同じくらいの年の女はほとんどが既に相手が決まっていたので、おたく男がまだ相手の定まっていない若い娘に恋したのは不自然なことではなかった。決してロリコンという訳ではないのである。ないのである。
娘は貧血症なのか、顔色がぱっとしなくて、すごい美人という訳ではなかった。男は今こそ現代知識の出番だと、貧血に効くレバーを娘に食べさせようとしたが、この世界には肉屋がなかった。
それならということで、鉄分の多いという乾燥ひじきを娘に贈った。
その贈り物に付けた歌である。
思ひあらば葎の宿に寝もしなむひじきものには袖をしつつも
私があなたを想っているように、あなたも私を想って下さるなら(有力貴族の娘として豊かな生活を送ってきたあなたに贅沢をさせることは私には出来ませんが)粗末な家でも二人で仲よく暮らしましょう。共寝をする時の敷物はこのひじき程度か、そうでなくても着物の袖になってしまうかも知れませんが。
ひじきが効いたのか、それともそれ以外に男が与えた洗顔料や化粧水や乳液などの現代日本の基礎化粧品の効果なのか、あるいはまた女が成長した結果なのか、顔色の悪かった貧血気味の娘はみるみるうちに健康になりとても美しい女になった。
男はますます女を好きになり、溺れるように女を愛した。女もまたそれに応えてくれた。
しかし、女は美しくなりすぎた。