昔、現代日本からこの世界に転移してきたおたく男がいた。その男とは結婚出来ない運命にあると分かっている相手であったが、男は一年以上も女のもとに通い続けてた。
今は許されて見張りも解かれているけれど、いつまた見張りが付くか分からないし、そうでなくてもいづれは帝のもとでお仕えするために女は去っていく。男は一度ループしてそれを知っているので、女と会っていても心が休まらなかった。
そこで男は一大決心をして、女と一緒に屋敷を逃げ出したのであった。愛の逃避行である。
たいへん暗い夜だった。芥河という河のそばを女の手を引いて早足で歩いていると、女が男に尋ねた。
「あれは何?」
男が見ると、それは草の上に溜まった夜露である。目的地までまだ先は長く夜も更けていたので男は応えずに先を急いだ。
男は知らなかったが、その付近には鬼が出るという噂があった。鬼はともかく、すごい神鳴りがして雨も激しく降ってきたところ、ちょうど荒れた蔵があったので女をそこに入れた。
男は蔵の戸口で弓矢を構えて番をした。追手に備えたのか、それとも人ならぬものに備えたのか。
そろそろ夜が明けるはずだと思いながら男が入口の番をしている時であった。
「ああっ」
女は叫んだ。鬼が突然蔵の中に現れて、女を一口で食べてしまったのだ。神鳴りの音が大きくて、男には女の叫び声が聞こえなかった。しだいに夜が明けて来たので、男が蔵の中を見ると、女の姿はどこにもなかった。
男はその場に崩れ落ちて泣いたけれど、もうどうしようもなかった。BAD ENDである。
白玉かなにぞと人の問いしとき露と答えて消えなましものを
女が「あそこにあるのは真珠か何かなの?」と聞いたあの時に、「あれははかない夜露ですよ」と答えて、二人ではかなく消えてしまえばよかったのに。