ネギ式

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創作:異世物語 19. あだ桜

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最近見なかったおたく男が久しぶりにある屋敷を訪れた。桜の花の盛りの時である。

「いやあ、東の方に行っていましたので」

「そうですか、まあ桜を見ながら酒でも酌み交わし、その東の方の話でもしてくださいよ」

年老いた屋敷の主(あるじ)はそう言った。屋敷に桜の樹が植えてあるのだ。この世界では珍しいことである。おたく男は現代日本で産まれ育ったのでやはり桜の花は好きであった。そしてまた「さくら」と名のつく作品やヒロイン、声優さんも好きなのであった。

それなのにこの世界では桜はあまり好まれていないのである。好まれていないどころか、「あだなり(浮気だ)」などと言われる始末である。桜の花がすぐに散ってしまうことから、すぐに気が変わる、一時的に気を引くだけで誠実さがないなどと思われているのであった。もちろん、異世界だから人の美的感覚や価値観が違うのは当然であるが、おたく男は少しさびしさを感じていた。

そんな中で、桜の花が咲いている屋敷を見かけて、その屋敷の年老いた主に話しかけたことが主とおたく男との交友の始まりだった。桜の季節はもちろん、それ以外の季節にも訪れて話をする仲であった。それが東下りでしばらく来ていなかったのだ。

あだなりと名にこそ立てれ桜花年にまれなる人も待ちけれ

浮気な花だと噂を立てられている桜の花ですが、(花の季節など)まれにしか訪れない(浮気な)人をじっと待っている誠実な花なのですよ。桜が咲く度にあなたが来るのではないかと待っていましたよ。

おたく男が歌を返した。

けふ来ずはあすは雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや

今日来なければ、明日は花が雪のように散ってしまうでしょう。ご老人もどうなるか分かりませんよ。雪と違って消えなかったとしても見頃ではなくなって葉桜になってしまうでしょう。ご老人もいつまでも元気とは限りませんよ。

こんな風に年上の主のことをからかうおたく男であった。この世界で数少ない桜好きの仲間なのである。