ネギ式

適当に生きるおっさんのブログ

読書雑記:綿密に構成された長編は読みたくない

あくまでも個人の意見ですよ。もう年を取って記憶力もないし集中力も持続しないので、とてもじゃないが綿密に構成された長編小説を読むだけの能力が私にないという話です。

思い返せば、最初に挫折したのはダン・シモンズによるSFの傑作長編「ハイペリオン」であった。ハイペリオンを途中で挫折したとかとても最後まで読めないとか書くと、世界中のSFファンが棘のついた棍棒を持って殴りに来るというくらい評価の定まった作品である。(そうそう、思い出したぞ。ロミオとジュリエットかなんかのエピソードで挫折したのだった)

これが綿密に構成された長編であり、しかも、最初に全体の目的が示されつつ、それぞれ中編以上の長さのある個々の登場人物のエピソードが次々と綴られるので、もともと記憶容量の少ない私にはとてもエピソードを覚えていられないのである。全体が綿密に構成されている以上、忘れてよいエピソードはないのだから。それに、個々のエピソードを読んでいる間にも全体の謎というか目的も忘れずにそれが個々のエピソードにどう関連しているかも注意深く読まなければならない。疲れるのである。もちろん、読書の大家にとってはそれこそが読書の楽しみなのだろうが、私ごとき浅学非才のものにはとうてい楽しめない。

まあ、幸いにも、綿密に構成された完成品であるハイペリオンは次々と続編が出て、ああ、さっさと挫折してよかったという結果になったのだが、こんなことを書くとまた世界中のSFファンが棘付き棍棒を持って殴りに来る。

それはさておき、綿密に構成された長編は評価が高い。それはもう書評家にとっては書評のしがいがある作品だからであり、帯の惹句にも綿密に構成されたとか、すべての伏線が回収されて完結とか書いてあったりするし、マニアも薀蓄を語りやすい。しかし、そういう惹句を見ると、私はつい、「これは集中力の持続と記憶力を必要とする本だな」というように思ってしまうのである。

一度目は読み落としがあっても、再読すればいいじゃないかという意見もあろうが、ハイペリオンシリーズだと4作、文庫で8冊もあるし、再読時はいっそう注意深く読まなければならないのである。(なんだたった8冊か、10冊を超える綿密に構成された長編もあるのに)

読書って面倒くさいよね。

ハイペリオン(上)

ハイペリオン(上)

 

 

その点、本ではないが、エヴァンゲリオンはその場限りのガジェットがたくさん出てくるだけで、(少なくともストーリーは)綿密に構成されていないので気楽に見られる。(世界系という問題はあるが)

今読んでいる天龍八部も、新聞連載小説だけあって全体の構成は一応考えられているだろうが大雑把なもので、流れのままにストーリーが変わっていく感じで、面倒なことを考えなくていい。

なろう系とかラノベとかが栄えるのも、私のように能力の低い読者には当然のように思える。ただし、ラノベレーベルでも綿密に構成されて読み飛ばしが許されないような面倒くさい作品もあるようだが。

一方、私は設定厨なので、世界は綿密に構成されている方が好みである。背景世界は読み落としても、読み込んでも、自由だからである。結論としては、私がストーリー重視なのでストーリーの読み落としを怖れるものの、読み落とさない自信がないということだな。

一方、短編なら集中力が持続するので複雑な構成でも大丈夫です。