ネギ式

適当に生きるおっさんのブログ

読書感想:ほらふき男爵の冒険

ふと思いついたのである。異世界無双ってほら話と共通するものがあるのではないかと。そして、ほらふき男爵異世界の冒険みたいなものを書いたらウケるのではないかと(俺は捻くれすぎているので俺のアイデアがウケることはまずない)。

それでほらふき男爵の冒険を読み始めた。図書館で借りて。

以下に書くことは知ってる人にとっては常識だろうが、俺は知らなかったので書く。

意外な共通点というか、ほらふき男爵の冒険の原題を日本語にすると「ミュンヒハウゼン男爵の奇想天外な水路陸路の旅と遠征、愉快な冒険」であり、これはラノベの長いタイトルに十分対抗するものだろう。なお、「友人知己に囲まれてワインの杯傾けつ男爵自ら物語る慣いなる」という副題?も付いている。

冒頭はロシアの話。ヨーロッパにとってロシアは身近な異世界だったのではないだろうか。実際には、ミュンヒハウゼン男爵は実在の人物で、一時ロシアに行っていたというのが理由のようだが。

違う点は、最初の方は短いエピソードの積み重ねで通すストーリーはない。それと、最初と二番目のエピソードは、男爵自身が活躍するというよりも、変なものを見たという話のようだ。馬を食べる狼の話と頭が半分ない人の話。

後半は、ほら話としてそれほど面白くないガリバー旅行記のパクリみたいな話が混じっている。そもそもこの本は、イギリスで出版された本の翻訳という形でドイツで出版されたのだが、翻訳者ビュルガーの手が大幅に入っているので、ドイツ語版はドイツ語版として別物という解釈のようである。なので岩波文庫もビュルガー編の訳という形をしている。そしてラスぺによってイギリスで出版された本(これも元ネタは別の本)は、最初は「マンチョーゼン男爵の奇妙きてれつなロシアの旅と出征の物語」なのだが、版が進むと他の本のエピソードを加えたりして、ついには題名までも「かえってきたガリヴァー」というものになっているそうだ。ここでガリバー旅行記のパクリみたいな部分を入れたのだろう。

それから、男爵が帰ってきてみんなに語っているというところも異世界ものとは違うか。実話系というか、実話怪談系でもみんな死んだらどうして知ってるやつがいるんだというツッコミがあるが、ほら話は冒険をした人物が、現にいる読者に対して語るというスタイルだな。副題にあるように、実在のミュンヒハウゼン男爵がそもそもそういう話の得意な人だったようだ。

それからは狩りの話。日本のほら話でも狩りの話は多い気がする。落語の鷺とり(もしかしてこの落語自体がほら男爵からの借用か?)とか。現代日本の娯楽小説としては狩りの話は書きにくいので、モンスター退治の話になっているのかもと思ったりする。もちろん、ゲームの影響だというのは分かっているが、英米の冒険小説では狩りの話が多い(多かった)気がするので。

ほら男爵はいつも弾切れのようで、弾切れでチャンスを逃しそうになるが機転でうまくやる。または弾切れでピンチになるが機転でうまく回避する。どれも実際にはあり得ない対策であり、それがほらと言われる理由である。つまり、ほらふき男爵の話というのは、実在の男爵の実際のロシア行きに基づいた実話という形をとりつつ、まったくリアリティのない話であり、そのリアリティのなさ(荒唐無稽さ)が面白いのである。

それに対して、異世界無双(に限らず現代の娯楽作品の多く)は、フィクションという前提の中で、リアリティを高めるための努力が払われている(し、要求されている)。そしてそのリアリティのもっともらしさが評価されている(ような気がする)。

注意すべき点はほら男爵の冒険には、政治的な風刺が混じっているということである。ただ、時々風刺が入ってくるという程度であって、風刺に満ちているという程ではない。時代が違うので注釈を見て初めて分かるが、ドイツが兵士をアメリカ独立戦争を戦うイギリスに売り渡していた(ヘッセン・カッセル方伯の兵隊売買)とか、知らんかった。一方、異世界無双には風刺はないと思う。ブラック労働とはネタにしていることもあるが、風刺というのとはちょっと違う気がするので。

途中でミュンヒハウゼン男爵がお休みして、別の語り手が話を始めるのは意外であった。これはその人物の出生の秘密として風刺を入れるためだったようだ。さすがに実在の人物であるミュンヒハウゼン男爵の家系を変えるわけにはいかないからだろう。

意外な点は年代が特定されている点で、ミュンヒハウゼン男爵のロシア行きは1737年、ロシアの兵士として1739年のロシア対トルコ戦争に参加している。これでロシアとトルコに行ったわけだし、対トルコ戦争時のほら話もある。そして1779年からのジブラルタル包囲戦の話もある。これは実際にはミュンヒハウゼン男爵は参戦していないようだが。それでもうまいこと男爵の存命期間中の歴史上の出来事に合わせてある。

なお、この本のエピソードのうち、どれかひとつでもミュンヒハウゼン男爵が実際に語ったという証拠はないようだ。

岩波文庫の表紙になっているのは、五人の特殊能力を持った家来の話。でも、その話は家来に会うエピソードと、その家来の能力によって財宝を得るエピソードの二つしかないけど。

アメリカ独立戦争の時代の頃の話なのに、男爵は月に二回も行っている。まあ、そこが荒唐無稽なところだが。

後半には女性にもてる話も少しだけあるので、そこは異世界転生とも共通する。

当然ながら、ほら話と異世界無双は全然違うということで。ほら話は自慢話という要素もあるが、荒唐無稽な見聞録・旅行記という意味合いが強いようだ。あとは酒を飲みながらの物語りというか。

現代のエンタメでも見かける、鉄砲の弾に鉄砲の弾を当てるというネタも、この本に元ネタ(一番最初のオリジナルとは限らない)があると思う。鉄砲じゃなくて、砲弾に砲弾を当てるのだが。