ネギ式

適当に生きるおっさんのブログ

読書感想:クラインの壺

岡嶋二人の作品を読むのは初めてである。

ミステリかと思って図書館で借りたのだが、ミステリというよりも冒険ものである。

1989年の作品という点では、バーチャルリアリティに対して先見性があると言えるだろう。

でも、テーマとしては胡蝶の夢の焼き直しである。まあ、このテーマの作品はすべてそうだと言えるわけだが。で、夢よりもバーチャル機器の方がリアリティあるかというと、少なくとも俺にとってはそうではない。コンピュータが登場すると、現実問題が絡んでくるので、現実にはあり得ないと思ってしまうからである。フィクションにそういうツッコミは無粋だが、夢ならそんなツッコミはしなくて済むので、少なくとも俺は、夢の方がバーチャルリアリティよりも(ツッコミどころがない分だけ)リアリティが高い。

また、頻尿の老人としては、長時間バーチャルリアリティ装置の中にいるということは、尿意の問題が発生するので、そこが気になって仕方がなかった。

あとは呼吸ね。エヴァではLCLで呼吸できるってはっきり言ってるからそう理解するしかないけど、この作品では説明がないから。時間感覚の操作も体表の感覚操作だけで可能だとは思えない。可能だという記述があれば信じるしかないが、記述がない以上は、ツッコミどころになる。

夢ならそういう問題は一切ない。

俺が思うに、世界への没入感は感覚の機械的なシミュレーションとかではなくて、読者・プレイヤー・視聴者の没入能力によって達成されるのである。感覚の再現という点では、小説よりも漫画やアニメ、それよりも実写の方が情報量が多いわけだが、だからといって小説がそれらよりもリアリティで劣るとは思わない。

この作品自体が小説なのだから、再現度の高いVRゲームが小説に勝るとは主張していないはずで、そこから考えるとやはり、VRゲームブームの先取りというか予想したという点に価値があるように思える。

というようなことを考えるのはたぶん俺くらいだが、俺以外の人でも気付きそうな点を挙げてみよう。

最初と最後が唐突過ぎきる。現実でないなら逃げても無駄だし、何をしても無駄。最初の契約書はほとんど作品内容と関係ない。CIAだとしたら、発言がうかつで馬鹿過ぎる。簡単に嘘だと見破られている。クラインという名前で検索されてバレるというのもアホ過ぎる。