ジャック・ヴァンスの短編集。実に素晴らしい。
宇宙探偵となっているが、トラブルシューターという設定らしい。もっとも、事件解決を依頼されて仕事をする話だけでなく、個人的な理由で行動する話も含まれている。マグナス・リドルフは白髪白髭の老紳士にして頭脳明晰なくわせもの。ヤギ髭なのに、ヤギと言われると少し機嫌を損ねる。
冒頭の「ココドの戦士」が素晴らしい。これを読んだ時は訳者あとがきを読む前だったので、発表年が1952年だということを確認していなくて、もっと最近の作品かと思った。ココドの戦士では1.依頼を達成している、依頼とは別に2.金銭的利益を得ている、たぶん3.現地種族の幸福に寄与している。という活躍だが、何よりも、価値観の逆転があるのがSFらしい。
あとがきによるとマグナス・リドルフはアモラルな人間だそうだ。そうそう、宇宙にまで20世紀西欧社会のモラルを持ち込まれても興ざめである。
「ココドの戦士」異星で種族間の戦闘を観光客相手の賭博にしている業者の賭博をやめさせて欲しいという道徳的価値観保存機構からの依頼を受ける。
「禁断のマッキンチ」横領犯の正体を突き止めるよう依頼を受ける。
「蛩鬼乱舞」個人的な話。農地を購入する。
「盗人の王」個人的な話。鉱山の採掘権を得ようとする。
「馨しき保養地」保養地を襲うモンスター対策を請け負う。マグナスはちょっと怒っているような気がする。ちょっとじゃないか。
「とどめの一撃」殺人事件に巻き込まれて解決する。この事件では金銭的利益を得ていないようだ。
「ユダのサーディン」友人に頼まれてビジネス上のトラブルを解決する。この事件ではかなり肉体的に冒険をする。そして道徳的な結末になるかと思いきや、やっぱりアモラルな結末だった。意外にも余分な金銭的利益を得ていないようだ。オチの強さがある。
「暗黒神降臨」依頼を受けて労働者消滅事件の謎を解く。
「呪われた鉱脈」依頼を受けて殺人事件の謎を解く。発表順では第一作。ヴァンスが短編集に入れることを長いこと拒んでいた作品。この短編集のなかでマグナスの行動が最も道徳的な作品。
「数学を少々」個人的な理由で賭博に手を出し、胴元に狙われる。同じく長いこと短編集に入っていなかった作品。賭博で金銭的利益を得ているものの、犯罪者逮捕に利益の一部を使っている。
やはり、アモラルな「ココドの戦士」と「ユダのサーディン」がいい。