ネギ式

適当に生きるおっさんのブログ

アニメ感想:ウィッチクラフトワークス

実はこのアニメは放送時に配信で見ていて、途中で切った作品なのである。それを改めて配信で全話見たので感想を書く。たぶんネタバレあり。

なんと言っても、EDアニメがよい。視聴は途中で切ったのだが、その直後にED曲をiTunesストアで買って何度も聞いていたくらいだ。EDで拷問されるポンコツ魔女たちは、1話で瞬殺される雑魚キャラなのだが、その後も登場をつづけ毎回のようにポンコツぶりを披露してくれるキャラである。主役の強さを表すために最初に雑魚を瞬殺するのは、もうテンプレ中のテンプレと言ってもいい。そこから頑張ってレギュラー枠に入っているのは素晴らしい。途中で切ったのを再度見たのは、異世界転生アニメに飽きたので。

タブー破り

さて、私がこのアニメを放送時に数話で切ったのは、ちょっと前にも嫌いだと書いた衛宮士郎問題があったからである。どうしてこんなに私は衛宮士郎が嫌いなのか、そのへんを少し考えてみたい。まず、古くからある物語の基本パターンとして、タブーを破って悪いことが起きるというパターンがある。こんなのは民話でもあるし、ウルトラQとかでもあるし、たぶんクトゥルーやそれ以外の恐怖小説、ホラー映画なんかでもよく見られるパターンである。タブーを破るというのは、これから悪いことが起こるぞという意味で、サスペンスを盛り上げる効果があるのだ。

しかし、タブーを破るのは多くの場合、無知な観光客とか無軌道な若者とか金の亡者の開発業者などであり、主人公というのは多くはなかった。まあ、古い因習を主人公が破るというのはあるんだけど。タブーを破るのは悪いことなので、主人公のやることではなかったのである。ごめん、間違い。主人公が封印を解いてしまってその責任をとって怪物と戦うってのも結構あるパターンだった。

で、衛宮士郎ウィッチクラフトワークスの多華宮仄の場合は、タブーじゃなくてヒロインとの約束を破る(ヒロインがしないで欲しいと言ったことをやる)わけだが、その動機が正義っぽいものである点が、実に私の気に障るところなのである。二人とも世界の状況について完全に無知であるにもかかわらず、安っぽい正義感でタブーを破る。私としてはこれが許せない。なぜなら、無知であれば正義ではありえないからである。行動の結果まで見通せなければ、正義としての義が立たない。ここで自分でも不思議なのだが、例えば人の命を守るために必要だから約束を破るのではなく、車に轢かれそうになっている子猫を救うためにとっさに行動してしまってそれが約束を破ることになるのなら、それは私としては完全にOKなのである。とっさの行動ではなく、(世界の状況について無知なのに)頭の中でいろいろ考えた挙げ句に、これが正しいという教条的正義に基づいて約束を破るのがどうにも気に障るのだ。

封印が解かれて凄い能力が発揮される

ウィッチクラフトワークスの設定は、アニメでは全部明らかにされている訳ではないので、よく分からない部分があるが、この作品における飴玉は、ケメコデラックスにおけるナノボールに似ているように思える。ケメコデラックス水島努監督だけれど。ナノボールは凄い能力の源泉みたいな感じであるのに対して、飴玉は封印を解くための鍵みたいなものだが。

で、物語の流れとしては、封印は解かれることになっている。そういう話だからである。すごい能力が封印されていたけれど、封印は解かれませんでした、これでは物語にならない。つまり、作者の都合としては封印は解かれなければならない。一方で、単純に封印が解かれてしまったのではやはり物語として面白くないので封印を守る側がいて、ウィッチクラフトワークスの場合は、ヒロイン側の魔女(工房の魔女)たちが封印を守ろうとしている。ケメコデラックスだと、封印はいずれ解かれるけれどそれが早すぎると主人公の命に関わるので、早すぎる解除からヒロインが主人公を守っているという構成だったと思う。まあ、ケメコデラックスの登場人物は好き勝手に行動していて、あまり正義感による行動はないのだが。

物語の都合上、封印は破られる必要があり、つまりヒロイン側の目的は達成できないわけだが、目的達成を阻むのは敵キャラではなく、主人公の正義感というのが私にとって問題なわけだ。邪悪で強いものが封印されていて、無敵のヒロインがそれを守っている。敵は邪悪な存在を封印から解放してその力を自分たちのものにしたい。主人公は無敵のヒロインを守るために、主人公の内部に封印された邪悪で強いものの力を使う。というのが私の見たこのアニメの構成なのだが、最初の数話でのヒロインの無敵ぶりがあまりにも無敵なので、無敵のヒロインを守るために主人公が封印を解くのは馬鹿げた行動に思える。つまり、主人公の行動は、封印が解かれるという物語の必然性、あるいは作者の都合によって決められているように思えるわけだ。

アニメでは邪悪で強力な存在というのが、あまり邪悪には見えない(白くて光っている)というのもなんか問題だ。それはヒロイン側の封印を守るという目的が実は不必要な警戒、杞憂に過ぎないと思えるからである。

キスしない問題

ヒロインは主役にべた惚れで、主役もヒロインに惚れていて、一緒に住んでいるのにセックスしないのはリアリティがないとも言えるが、その点についてはアニメや漫画では表現できないからで、たとえアニメ化されなかったとしても、アニメを意識したラノベというジャンルでもそれほど不思議ではない。一方、衛宮士郎はエロゲ出身なのでセックスしてるらしいが。

しかし、この作品で主役がヒロインの唇へのキスを頑なに拒むのはなぜかということを考えてみた。これはやはり倫理に反するからであろう。終わり。どういう倫理に反するかと言うと、主人が従僕に手を出してはいけないという倫理だと思えるのである。Fateと違って主従という明白な関係はこの作品にはないけれど。主役がモテモテのアニメやラノベにおける、主役の男とヒロインとの関係性は、恋愛というよりも主従関係に近いと思うのである。ハーレムものやメイドものなら間違いない。

メデューサはかわいい

前フリまであって、もったいぶって登場したのに、結果的にはあっさり敗北したメデューサの小物ぶりがかわいい。たぶん、この作品の面白さは、主役側の圧倒的な無敵ぶりなので、敵がどんなに強さを強調した前フリで登場しても、主役側がちょっと本気を出すと雑魚になってしまう。むしろその雑魚ぶりが可愛くていい。それがEDアニメの良さでもある。

結果的には楽しめた

異世界アニメを見て、ハードルが下がったのもあって、なかなか楽しく見られた。違和感を覚える部分はあったにせよ。みんなも異世界アニメを見てハードルを下げてから、少し前のアニメをみると面白いよ。そして原作ラノベだと思ってたけど、漫画だった。

 

第1話 多華宮君と炎の魔女

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