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ネギ式

適当に生きるおっさんのブログ

群れの中の位置を確認する。

なぜ専門外のことを書くのか

なぜ私はよく知りもしない専門外のことを書くのか。まず、専門の範囲内での自分の位置がほぼ最下層に近いから。そりゃあ、専門の範囲をぐぐっと絞り込んで世界で10人くらいしかやってないというところまで狭めれば、10本の指に入る程度の位置にはいるが、それでは身バレしてしまう。身バレ恐怖は後天的に身についたものだが、だからと言って簡単に捨て去れる訳ではない。なので、専門外のことについて適当なことを書くのである。まあ、私の専門について素人がいい加減なこと書いた時は、ヤレヤレと肩をすくめるのであるが。

群れの中の位置を確認する

世の中にはいかにも尤もらしいが間違っているということがあって、以下の考察を思いついた時は尤もらしいと思ったのであるが、よく考えると間違っているような気がする。なので、今回の考察はハズレ、間違いである。こういう風に、自分で考えたことに自分でツッコミを入れて否定するのが、自問自答の面白いところだと思う。

羊の群れを考える。羊のような草食動物とそれを襲う狼のような肉食動物の関係の中での群れの役割を考えるとする。狼は羊の群れを全部食べようとするわけではなく、ましてや一番強い羊を仕留めて名を上げようとするわけでもなく、少ない労力で一匹の羊を仕留めればよいという方針であろう。

つまり、群れから外れた羊、あるいは群れの一番外側にいる羊を狙えばよいのである。狼を見つけると羊は逃げるけれど、最初から群れから外れた位置にいたり、逃げる時に逃げ遅れた羊に的を絞って狼は襲うものらしい。

羊としては、餌を食べている時でも群れの中心近くに居たほうが安全だが、食べたら草はなくなるので中心部は餌が少ないであろう。出来るだけ草を食べつつ群れからは離れたくないので、群れ自体が移動しつつ草を食べることになると思うが、それでも外側の羊というのはどうしても存在する。外側の方が草が多いし。

でも、狼は怖いので、羊としては群れの中の自分の位置を常に確認する必要がある。自分が群れから離れていないと確認出来れば安心できるはずである。

で、そういう性質がやはり群れをなす動物である人間にも引き継がれていて、自分が群れから離れていないということを確認したいという欲求があるのではないかと思うのである。思想や生活習慣という点で、自分が群れから離れていない、自分の考えが異端ではないということを確認したいという欲求があるのではないかと。

「これってふつうだよな?」という問いはネットでよく目にするように思う。私は群れの中にいるよね、安全だよね?

残念ながら、群れは草を食べながら移動しているので、同じ場所に居続けたのでは群れの外に出てしまうのである。昔はそれが普通だっとしても、いまでもそうとは限らない。

ネット炎上のひとつのパターンとして、そういうのがあると思うのである。まあ、燃え上がる理由は、普通ではないと否定された時に、ムキになって反論することにもあるだろうが。

承認欲求という言葉で表されるが、自己を肯定して欲しいというよりも自分の位置を知って安全を確認したいという面が強いのではないかと思った次第である。

ひとりツッコミ

そもそも人間って羊の群れじゃないよね。いや、群れという言葉は同じでも、羊の群れと狼の群れはぜんぜん違うわけですよ。防衛的な群れと、狩りをする攻撃的な群れではぜんぜん違う。そして、古代の人間は防衛的な群れではなくて狩りをする群れを作っていたと思う。

人間は走るのが遅いが長時間走れる。これは防御にはまったく向いていないが、狩りをする場合には役に立つ。

さらに考えると、ハーレムを構成する群れとか、縄張りを持つ群れとかあるのだが、この縄張りを持つ群れというのがよく分からないというか勉強不足、知識不足である。ニホンザルとか縄張りを持つ群れを構成するので、人間の行動とも関係するはずなのだが。