「のどかじゃのう」
吾作は田んぼを眺めてつぶやいた。
梅雨の合間の晴れの日である。田んぼには水が張られ、田植えの後の少し伸びた稲が整然と並び風にそよいでいる。
「嘘のようにのどかじゃのう」
今年の春は代かきも出来ない程の水不足で田植えができるかどうかも心配になる程だった。その後、隣村との血みどろの水争いに勝って、少ない川の水を引き、なんとか田植えが出来たのである。梅雨に入って嘘のように大量の雨が降り、水の心配がなくなったのはここ数日のことだ。
しかし、水争いの代償は大きかった。何より長男の権兵衛が殺されてしまった。もらったばかりの嫁の豊を残して。次男の与作や三男の金次がいるものの、まだまだ子供で働き手としては頼りない。
田の草取りや稲刈りも権兵衛抜きでしなければならない。来年の種撒きや、豊への種付けも権兵衛の代わりにしなければならない。
吾作はのどかな田園風景にさみしさを感じた。