これは「市民社会組織のためのロバート議事規則入門 民主主義の文法」を読んだ感想であると同時に、民主主義について私が考え、そしてAIを利用することについて書いたブログ記事である。
まず、この本はロバート議事規則を簡易的に説明したアメリカの書籍を日本語に訳したものである。だが、一読した限り実に面倒くさい。130ページ程の本だが、この前読んだ「会議の教科書」よりも遥かに内容が濃い。
この面倒くささは、丁度プログラミング初心者だったころに、大量のシンタックスエラーに出会った時に感じた面倒くささにに近い。タイトルにも文法とあるし。
でも俺はこの手続きの面倒くささこそが民主主義だと思って、独り言のつもりでgoogle検索窓に「民主主義とは民主的手続きのことである」と入力したら、「いやいや手続きだけ民主的でも十分ではないよ、人権を守ることが必要だよ」というようなことをAIに言われたのであった。
プログラミングでもシンタックスエラーやwarningがなくなればそれで正しく動くという訳ではないからな。俺がプログラマーだからそう感じるのかも知れないが、民主主義的手続きとプログラミングは似ていると思う。
この本はアメリカの本の翻訳なので、日本にはふさわしくないと思われる点も多い。議案の提出には「セカンド」という別の人の同意が必要だと書かれている。これは議案が軽々しく大量に提出されることを防ぐためだと思うが、議案が出てこないような状況では不要である。まあ、手続き的には議長がセカンドするなどの方法で対応出来るが、日本ならなくてもよい手続きだという気がする。
「セカンド」は例外的なカタカナ言葉であり、ほとんどの用語は日本語に翻訳されている点がこの本のよいところである。「ファシリテーション」とか「アジェンダ」とか言われても何だか分からないからね。ただ、やはりアメリカの本なので「議程表の例」には「神に対する祈祷」や、「神と国家に対する忠節の誓約」がある。こういう部分はどんどん無視してよいと俺は思うのである。単なる例だし。
よいところは、細かいだけでなく一般原則も書かれていることである。審議短縮や審議終了の決議は三分の二の表決が必要であるとして、その理由としてそれは構成員の権利を制限するものだからである、構成員の権利を制限する決議には常に三分の二の表決が必要であるとしている。
ともかく、読んでいると面倒くさいのである。本当に民主主義って面倒くさいなぁと思う。それはたぶん、一般の人がプログラミングって面倒くさいと感じる感覚と同じものではないだろうか。
まあ、俺くらいになるとむしろwarningや単体テスト項目を潰していくのが楽しかったりするのだが、プログラミング初心者はそうではないだろう。
ところが、最近ではAIサポートによって簡単にプログラムが作れるというではないか。俺はAIサポートによるプログラム作成には興味ないけど、これを民主主義にも使えないだろうか。
AIに結論を出させるのではなく、民主主義に関係する問題についてそれをどう解決していくのかをAIに問いかけていくのである。
試しにgoogle検索窓で質問してみた。
「自治会の役員を決める方法としてくじ引きはよい方法ですか、もっとよい方法や、もっと悪い方法はありますか」
なかなかよい答が返ってきた。まあ、俺の質問の仕方がうま過ぎるというのもあるが。
ところで、「ロバート議事規則」で検索すると青年会議所で採用されているという例がヒットする。青年会議所と言えば、我々左翼からすると右翼に近い団体である。面倒くさい議事規則を採用して会議を運営していても、人権に対する配慮が不十分な結論を出すことは十分に可能である。(邪推だが、「議程表の例」の中の「国家に対する忠節の誓約」の部分を忠実に守っているのではないだろうか)
私としては「民主主義とは民主的手続きのことである」と入力したら、「いやいや手続きだけ民主的でも十分ではないよ、人権を守ることが必要だよ」と回答してくれたAIの意見を尊重したい。
