どの世界でも人気のある物に人だかりは出来るもので、この平安風異世界でも大変に人が集まって奪い合うほどの人気のものがあった。それは大祓の儀式の後の大幣で、これで体を拭うと穢れを祓うことが出来るのである。宮中で大祓の儀式が終ると、殿上人やら女官やらが殺到して拭うどころか、一瞬触るだけで精いっぱいという大変な人気であり奪い合いであった。現代で言うなら、新型のゲーム機の販売のようでもあり、また安い米の販売のようでもあった。
おたく男が仲良くなりたいと思う女がいた。けれども女はこの男が浮気者だという噂を聞いて、男の気持に応えようとは思わなくなった。その女が詠んだ歌。
大幣の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ
あなたは大幣のように大勢の女性から好かれて、そしてそれに応えて浮気をする人ですから、少しはよいと思うところはあるけれども、心から頼みにすることは出来ません。
おたく男の返歌。
大幣と名にこそたてて流れてもつひに寄る瀬はありといふものを
大幣のようにモテモテで浮気性だという噂が流れて、(現実にはその噂のせいで女の人から相手にされなくても)、川に流された大幣が下流の浅瀬に寄りつくように、あなたが噂を気にしないで私と付き合って下されば、浮気しないでずっと寄り添いますよ。
引く手あまたの大幣もみんなの穢れを拭った後は、用済ということであり、また穢れを捨てるためにも、川に流されるのであった。