図書館で借りた本。
第1部を読んでいる時には、そんなに感じなかったけど、この本はトマス・クーン的な科学史の側面もある。
特に印象に残ったのが、質量保存則についての記述。質量保存則が商品経済の発展の影響を受けているという。
チュイリエの「反科学史」新評社p.223から引用があるので孫引きすると
さまざまな保存則が、商人や銀行家のこの哲学の特技としてもち出されるようになった。……ブルジョアジーには、自然それ自体がみずからちゃんとした会計管理の要請にしたがっているように見えるのである。……保存則が基本的な前提に昇格したのは商業がおおいに幅を利かせている社会であったということは、やはり注目すべきことである。
この本もぜひとも読んでみたいものだが、今は読みかけのこっち(熱学思想)を読むので時間がない。
第2部 熱素説の形成
第2部はブールハーヴェの〈火〉から始まる。その前にブールハーヴェの生まれたオランダの重要性が語られる。オランダは大陸にあってイギリスに近い思想性があった(反カトリック・反フランス)。ニュートン主義やイギリス経験論はオランダでイギリス以上に評価されたという。それと同時にオランダはデカルトの隠遁の地でありデカルト主義の影響もあるという。
ブールハーヴェ自体は、新しい理論を提唱したというよりもそれまでの理論をまとめた人で、特に著書の「化学」が広く読まれ影響を与えた。そしてブールハーヴェの化学に対する態度は、実用的なものであったという。つまり、化学も最終的には物理学によって説明されるにしても、当面は究極的な原理の追求は脇に置いておいて、実験事実を説明できる法則の探求が重要であるということである。
ブールハーヴェの重要性は「熱平衡」の概念を提出したことにあると著者は言っている。
そしてベンジャミン・フランクリンが登場する。フランクリンはブールハーヴェの「化学」の熱心な読者であった。フランクリンは電気の研究で電気流体という考えに至っていた。また電気の保存則も考えていた。そして電気の良導体が熱の良導体でもあるという発見から、熱の流体と電気の流体が同じものだと考えていたようだ。
オランダの次はスコットランド。
つまりイギリスの凋落があった。トレヴェリアンによると
ということらしい。著者も「17世紀のガリレイとボイルから18世紀末のラボアジエとドルトンまでの物理学と化学の革命の歴史に、たまたまニュートンがケンブリッジにいたことを除いて、事実上関わっていない」と書いている。
ニュートン力学を継承発展させたのはイギリスではなく、スコットランドの大学であった。特にコリン・マクローリン。マクローリン展開でおなじみの人である。
スコットランド学派の考え方としては、物理や化学現象の根本原因は最終的には発見されるべきだが、その前に目の前の現象をうまく定量的に説明できる法則を見つけることが重要であるというようなものであった。実用性重視というべきか。この章の熱素説にはむしろ対立する考えのようだが。
スコットランド学派のウィリアム・カレンの言葉として次の言葉が挙げられている。
われわれにどの技が求められているかを教えるのは商人である
ここでも資本主義的な思想が見られる。つまり、哲学的な根本原因ではなく、(商業的に)応用可能な法則が重要であるということだろう。そしてそれが物理学とは独立した化学という学問の自立性の主張に繋がるのであった。錬金術でもないが、物理学でもない化学の成立がここにある(ようだ)。
このへんは結構長い引用とかがあって、化学という学問の成立に関するカレンの思想を見ることが出来る。
ジョセフ・ブラックが登場する。「熱学におけるブラックは、力学におけるガリレイに相当する」と著者は書いている。
熱容量の部分では数式が出てくるが、これが算数のように易しい数式である。そこから保存則を前提として、熱量の概念が定義される。これぞ科学史という展開であろう。
水の比熱が1なのは、この時に水を基準にして他の物質の熱容量を計測したからなんだな。
この後、潜熱の概念が出てくるのだが、その発想に至るのが炭酸ガスの実験というのが面白い。炭酸ガスはこの時点では固定空気として発見されるのだが、保存則を前提として化学反応の前後での質量差から発生した気体を推測する。そして炭酸ガスが石灰岩の成分として固定化されているということから、大胆にも熱についてもその考えを適応して、(定量的)潜熱という概念が生まれるのである。
氷の融解について、二種類の実験をしてその結果が定量的に一致していることから、融解熱の概念を確立する。ここでも数式でブラックの実験の内容が書かれているが、やはり算数程度の式とツルカメ算であって分かりやすい。
ブラックは更に水の気化熱も実験で計測している。
このように根本原因ではなく定量的な法則を重視したスコットランド学派ではあったが、だからといってブラックが熱の本質について何も考えていなかったという訳ではない。
二酸化炭素との類似性を考えたことや、定量的に保存されるということから、ブラックは熱の物質論的な考えであったようだ。ただ、学生への講義などにおいては、根本原因は(当面は)追求しないという立場であった。
ブラックの学生のクレッグホンは火の物質(粒子)を考えた。火の粒子の間には斥力が働き、火の粒子と通常の粒子の間には引力が働くと考えた。クレッグホンの特徴はこの火の粒子と通常の粒子の間に働く引力が通常の粒子ごとに違うという点であった。それで比熱の違いを説明しようとしたのである。
そしてクレッグホンの理論の特徴は「断熱変化をはじめて断熱変化として捉え、かつその説明のモデルを提供したことにある」と著者は書いている。断熱変化の現象は、この本の第1部のボイルの法則で既に知られていた。しかしボイルの法則は体積と圧力の関係である。
断熱変化で体積膨張の際に、温度が低下することは知られていた。その理論的説明として、クレッグホンの考えはこうである。気体の体積が膨張すると、気体内の火の粒子の間の距離が広がり、斥力が弱まるので、その結果、温度計内の火の粒子が気体に移動し、温度計の指示値が低下する。逆に気体が圧縮されるときは、斥力が増加するので気体内の火の粒子が押し出されて温度計に移動する。
熱の保存則という考えからは、熱の絶対量という考えが出てきて、そこから熱の絶対量がゼロ、つまり絶対0度という問題が出てくる。それが温度計の(指示値を延長したグラフを使って)何度に対応するのかという計算をしたのが、ウィリアム・アーヴィンである。
アーヴィンは硫酸と水を混合した際の温度変化(と前後の比熱)から絶対0度を計算した。また氷の融解からも同様にして絶対0度を計算し、それがどちらもほぼ-900Fになることから理論の成立可能性を主張した。
このアーヴィングの理論はブラックの理論とほぼ同じものと当初は考えられていたが、実は大きな違いがあった。著者によると「ブラックでは熱の吸収の結果として状態が変化するのに反して、アーヴィンでは比熱が変化した結果として熱が吸収される」のである。
これは熱物質論内に《比熱・潜熱パラダイム》と《比熱変化パラダイム》の二潮流を生み出して行くことになった。
というところで、満を持してアントワーヌ・ラボアジェが登場する。
ラボアジェについては、熱素理論を導入したことが彼の失敗であったとする歴史家もいるが、そうではないと著者は言う。
彼の理論形成にとって、「燃素(Phlogiston)」の追放と「熱素(calorique)」の導入は表裏一体であり、彼は「熱素」を導入することによってはじめて「燃素」を追放することができたのである。
ここで現代的な化学式ではなくて、日本語を使った式でラボアジェの燃焼理論とそれまでのフロギストン説の燃焼理論の違いが説明されている。
というところで第2部(p167まで)は終って、次の第3部は引き続きラボアジェの話から始まる。
なのだが、どうせ誰も借りないだろうとだらだらと読んでいたら次の予約が入っていてこの本を返さなければならないのであった。買うべきかな、たぶん買うべきだろう。だがもうすぐ夏アニメが始まるのでそれが一段落してから買えばいい気もする。