昔、親しい友人が地方に行くというので、男が送別の宴を開いた。友人を家に呼んで、身内の者にお酌をさせたりしたのである。地方への手土産にと女物の服を贈ったのだが、座興でその服を男が着て、「あなた、行かないで」などと小芝居をしたのであった。
男は歌を詠みその服を脱いで腰の所に結びつけた。
出てゆく君がためにと脱ぎつれば我さえもなくなりにけるかな
地方への旅に出てゆくあなたのためにと、女物の着物を脱ぐと、女装して女の気持になっていた私自身さえも消えてなくなってしまうようだ。
この歌はこの本の中のたくさんある歌の中でも面白いので、表面的に詠まないで、腹の底から詠むとよい。