昔、おたく男のやってきた異世界になま心のある女がいた。なま心とは何かというと中途半端な心という意味であり、この場合は自分から男を誘うでもなく、誘われるのを待つでもなく中途半端な態度を取ったということである。また、東女のように素朴でもなく、京の上流階級の女のように優雅でもない、中途半端な優雅さという意味でもある。
現代日本では生というのはよい意味で使われることが多いが、この異世界ではあまりよい意味ではない。加熱調理の重要性が常識となっている文明社会なのである。生は生煮え、生焼けなどのように十分ではないという意味であり、だいたいよくないことなのであった。この世界と価値観が違うからこその異世界である。
おたく男にとっても、この世界に来てからは生身の女性とのおつきあいもあるものの、もとの世界では生身の女性よりも二次元の女性に親しみを感じるタイプであり、その点ではこの世界の価値観に近いものがあった。
さて、近ごろ色好みとの噂が立ち始めたおたく男の近くに、女は住んでいた。
女の庭先の菊に蕾がついた。色好みの男が関心を寄せてくるのではないかと思って待っていたが、何もなかった。
蕾の菊が開いたが、やはり男からは何の反応もなかった。そのうち菊の盛りが過ぎてしまった。女は待ち疲れたので自分から行動を起こした。
女は歌を詠む人だったので、色好みと噂の男がどう思っているか知ろうとして、菊の花を折って男に贈った。
くれなゐににほふはいづら白雪の枝もとををに降るかとも見ゆ
色好みというあなたの色はどこにあるのでしょう。白雪が枝もたわむほどに降り積もっているかのようにこの菊は真っ白ですよ。
受け取ったおたく男は困った。盛りを過ぎた菊の花をわざわざ贈って来るとは、どういう意味だろう。歌の意味は分からないでもないが、東女のように率直でもなく、京の女のように奥ゆかしくもない。噂ばかりが先行して色好みと言われているが、おたく男はまだまだ恋愛経験が足りなかった。こんな歌をもらってどう返事をしたらいいのやら。
そこでしらばっくれることにした。
くれなゐににほふがうへの白菊は折りける人の袖かとも見ゆ
この真っ白な菊がほんのり赤く見えるとしたら、それは菊を折り取った人の袖の色が映っているのかも知れませんね。
それとも日本酒の「白菊」を飲んで顔が赤くなったのかも知れませんね。

