海なし県にも浦島太郎の伝説はある。
これは、竜神沼に釣りに来た浦島太郎の話である。
浦島太郎が、釣りをしようと竜神沼にやってくると、子供たちが亀をいじめていた。
「こらこら、亀をいじめてはいけないよ」
太郎がそう言って、子供たちを諌めると、子供たちは言い返した。
「亀じゃないもん、スッポンだもん」
そのとおり、それは亀ではなくてスッポンだった。スッポンもカメ目なので広い意味ではカメであるが、地元の呼び方ではスッポンとカメは別物であった。
「これこれ、食べ物で遊んではいけないよ」
浦島太郎は言い直しました。
「あとで、俺たちがおいしくいただくから、問題ないよ」
「うーむ、それではそのスッポンを売ってくれないか。家に持って帰っても、そのまま料理されるだけで、小遣いは貰えないだろう。それよりも、ここで売って小遣いにした方が得だろう。どうだね」
子供はスッポン料理なんてそんなに好きではない。大人のための精力料理だからである。浦島太郎は、子供たちにスッポンの料金を示した。魚屋なんかで売っている値段よりはずっと安いが、子供の小遣いとしてはちょっとした額である。
子供たちは相談してから、「いいよ」と答えた。
浦島太郎が小銭入れから小銭を数えて渡すと、子供たちは消費税を要求した。なんとずる賢い子供たちだろうか。納税なんてしていないのに。だが、面倒になった浦島太郎は暗算で8%の消費税を計算して追加で差し出した。電卓もない時代であるし、算盤を持ち歩いていたわけでもないので、8%の消費税の計算はなかなか面倒であった。
「これは俺たちのおもちゃだから、消費税は8%じゃなくて10%だよ、おじさん」
まったく、いけすかないガキだと思いながらも、浦島太郎は10%余分に子供たちに渡した。それでも店で買うよりは安いのでなんとか落ち着いた浦島太郎だった。さて、スッポンを持って帰ろうかと思ったら、スッポンがいない。
消費税の計算をしている隙に、逃げてしまったようだ。子供たちも金を受け取るとすぐにいなくなってしまった。
「なんてこった」
釣りをする気もなくなった浦島太郎が沼のほとりで、ぼーっとしていると、沼から巨大なスッポンが現れた。これは何人分のスッポン鍋が作れるだろうと浦島太郎は思った。しかし、スッポンは凶暴である。こんな巨大なスッポンを捕まえるのは難しそうだ。
「私の子供を助けてくれてありがとうございました」
巨大なスッポンは、浦島太郎に語りかけた。
「助けた訳ではない」と返事をしそうになったが、浦島太郎が何か言うよりも先に、巨大なスッポンは太郎の袖に噛みついて竜神沼に引っ張り込んだ。
「お礼に、竜宮城に招待いたしましょう」
返事も聞かずに強引なことである。
こうして浦島太郎は沼の底の竜宮城に連れ込まれた。
巨大なスッポンは、竜宮城の飲み放題コースを奢ってくれるというので、スッポン代として払った金からすれば、悪くはないと浦島太郎は思った。
飲み放題のラストオーダーになったところで、美しい服を着た女性が姿を現した。
「こちらは、竜宮城の主の乙姫様です」とスッポンが紹介した。
「人間のお客さまなんて珍しい」
乙姫様はそう言ってから、ホールスタッフに命令した。
「ラストオーダーなんて言わずにいくらでも居させてあげなさい。料理も飲み物も制限なしで何でも出して」
「いえ、今日は見たいアニメの放送があるので、もう帰ろうかと思います」
浦島太郎は今日の深夜アニメが気になっていたのである。
「それならここでも見られますよ。動画配信サービスにもいくつか入ってますから。カラオケセットのある宴会場なら大スクリーンですわ、さあ行きましょう」
大スクリーンと音響設備で見るアニメは浦島太郎にとっていつも以上に楽しめた。また、見たいと思っていたが独占配信なので見られずにいたアニメも、竜宮城がいくつもの配信サービスと契約しているために見ることが出来た。
酔いもあって、浦島太郎はアニメを見ながら寝落ちした。
起きると乙姫様はいなかったが食事が用意してあった。浦島太郎は気になっていた独占配信アニメを次々と見ていった。夕食時には乙姫様が現れた。
「私たちは2.5次元もやっておりますのよ。ぜひご覧になって下さい」
宴会場の大スクリーンは巻き上げられると、その後ろに設置された舞台が表れた。そこでは、舞台化されたアニメ作品が演じられる。俳優はドジョウやナマズなどの沼の生き物である。俳優たちは顔面偏差値こそ高くはないけれど、ぬるぬるとよく動く見事な踊りを見せた。
そうしているうちにまた深夜アニメの時間になり、今夜の話数を見た後でふと気付くと昨夜見たお気に入りアニメも既に次の話数が配信されているではないか。
「うちは特別にサブスク料金を何倍か払っていますから」
乙姫様が説明する。
そういうものなのか、浦島太郎にはよく分からなかった。それでも1週間待つことなく翌日くらいには次の話数が見られるのは大変便利だったし、寝たくなればいつ寝てもよく、起きればすぐに食事が用意されるという高対偶だったので、浦島太郎はすっかり竜宮城が気に入ってしまった。
週刊連載漫画についても、竜宮城のネット環境は特別であり、毎日のように新しい話数が読めるのであった。
アニメは次の話がすぐに配信されるだけでなく、1期が終ってからそんなに長いこと待たずに2期が配信されるのでじれったい思いをしなくて済んだ。残念ながら、2期が制作されなかった場合には竜宮城の特別待遇であっても見ることは出来なかった。
毎日がアニメを漫画を見ることで忙しく、時間があっという間に過ぎていった。
そんなある日、浦島太郎は週刊連載漫画を読もうとして、作者が死んで作品が未完に終ったことを知る。その作者は浦島太郎と同年代のはずだったが、訃報に掲載された年齢は平均寿命を超えたものであった。
そこで浦島太郎はようやく真実に気がついた。竜宮城の時間の流れがもとの世界と異なるということに。
「恐ろしいことだ」
浦島太郎は、もとの世界には決して戻らないことに決めた。
教訓:沼に入ったら出られない。