先日読んだ「謎解き名作ミステリ講座」でネタバレありの部分を読んでいたが、面白そうなので図書館で借りた本。圧倒的な忘却力でネタを忘れていたので、問題なく読めた。が、その本でこの作品をどう評価していたのかも忘れたし、図書館に返してしまったので分からない。
いろいろな点で面白かった。まず、「人形はなぜ殺される」というタイトルがいい。気になるよね、人形がなぜ殺されるのか。ミステリだから人間が殺されても気にならないが、人形が殺される理由は気になる。
そしてこの作品の背景にあるのが「保全経済会事件」なのである。今、政府が投資を勧めていて、はてブなどでも投資関連のブックマークが盛り上がっている。この現在の状況で読むと、保全経済会事件を背景にしている点が面白い。日本人は投資をしないというが、投資詐欺事件は結構起こっているではないか。この事件を扱っていることから、作品内の時間は1953年であると分かる。
それから1行だけだが、西園寺公爵が国葬もされた立派な人物というように描写されている。これは作中では重要なことではないがタイムリーだなと思ったのである。
しかし、この作品、古いだけあって、精神病患者に対する蔑称が頻出する。実際には精神病患者そのものではなくて異常な犯罪者などにも使われているが、さすがに今読むと回数が多い。まあ、俺は昭和のおっさんだから気になって読めないということはないが。
逆に作中では全然重要ではないのだが、個人的に妙に気になったのは登場人物に「声優」がいることである。「声優 桑田珠枝(29)」29歳の女性声優が事件の容疑者の一人に。
この作品には探偵役の神津恭介とワトスン役の松下研三が登場するのだが、私はこのシリーズを読むのが初めてである。なので、シリーズの他の作品がどうなっているのか分からないが、この作品では神津恭介はけっこうヘボ探偵であるし、松下研三は途中で暴漢に襲われて入院してしまう。(ちなみに神津恭介という名前から、これは和田慎二の神恭一郎の元ネタだと思ったのが、ググったところ、神恭一郎には明智小五郎、金田一耕助、神津恭介の名前が全部入っているという説が見つかった。でも二文字入っているのは神津恭介だけ)
この作品では神津恭介よりも別の人物の方がずっと名探偵なんだよね。
ad2217.hatenablog.com「謎解き名作ミステリ講座」でどうネタバレしていたのか、すっかり忘れてしまったのだが、ワトスン役の途中入院によって、この作品は本格的に神の視点によって描写されることになる。途中からというのが結構重要ではないかと思うのである。そして神の視点(作者の視点)で描写された結果、この作品には「読者への挑戦状」が挟まれることになる。シリーズの他の作品を読んでいないので、なんとも言えないが、ワトスン役の語る話に「読者への挑戦状」はそぐわないと思うのである。(部分的に読み直したら、ワトスン役の松下研三が暴漢に襲われる前に挑戦状っぽいことを書いていて、松下研三の視点の挑戦状と、作者視点の挑戦状があった。)
本格ミステリとは犯人の仕掛けたトリックを探偵が解くという形式を取っているものだ。しかし、読者への挑戦状は作者から読者への挑戦状であり、つまり作者の仕掛けたトリックを読者に解いてみろと挑戦しているわけである。
さて、私が思い出せそうで思い出せなくて、思い出したような気になって来たのは、「謎解き名作ミステリ講座」でこの作品を叙述トリックとして紹介していたかどうかである。しかし、しかし、ですよ。叙述トリックでありながら、読者への挑戦状を入れるというのはアリなのだろうか。そんなことをしたら読者からズルイと批判されるだろう。
個人的にはズルイとは思わなかった。そしてこれはある種の叙述トリックだと思った。まあ、作者だけでなく読者も結構ズルイことをやっているものだ。この手のトリックなら犯人はこの人だと推理したりするのである。その読者のズルイ推理をどうかわすかというのが作者の苦心するところだろう。
ただし、読者への挑戦状と叙述トリックがこの作品の肝心の点であり、そこを除いて普通に話の流れを追うと、犯人の行動にやや問題があるように思えた。
まあ、面白かったですよ。差別語が強いけど。(なお私の読んだ本は昭和49年初版発行の角川文庫版なので、新しい版では表現が変わっている可能性がある)