その年は梅雨が長引いて稲の出来が悪く、秋に年貢を納めて来年の種籾を保存すると、村人たちは少しずつ食い扶持の心配をするようになった。乳飲み子を抱えた吾作の家では、このままでは間引きもしなければならないというところまで追い詰められていた。女の子でもいれば人買いに売れるのだが、数年前に娘を売ってしまい、乳飲み子を除けば男の子ばかりであった。
困った吾作は村の寺に相談に行った。
「それはお困りですね、この寺には余裕がありませんが上寺に頼んで、小坊主として置いてもらいましょう」
そう言って和尚は吾作の子供の竹蔵を預かった。竹蔵は吾作の子供の中でも体力がなく病気がちで色の白い子だった。
竹蔵は上寺の小坊主となって掃除洗濯などの雑用をするようになった。何年かすると、病気がちだった体も十分な食事を取ることで徐々に健康になり、色の白さだけはそのままにすらりとした美しい少年に育った。上寺の和尚は竹蔵に素質があると見込んでこう言った。
「竹蔵や、お前も寺に仕えているからには、仏の教えを学んでもよいだろう。お前には素質があるとわしは思う。どうじゃな、仏法を学ぶ気はないかな。昼は小坊主の仕事をしてもらはねばならんが、夜にわしが仏法を説いて進ぜよう」
竹蔵は仏の教えに興味はなかったが、夜の説法は眠くなるので茶と茶菓子が付くと聞いて、是非ともお願いしたいと申し出た。竹蔵は白筍という名を与えられ、毎晩のように和尚から仏法を説いてもらった。それまで仏法に接したことがなかったので、和尚の説く仏法の奥深さに白筍は驚くばかりである。
ある時、白筍は和尚について本山に行くことになった。和尚の用事が第一であったが、その折に、大変偉い大僧正様が白筍に仏法を説いてくださるとのことである。本山ではどんな美味しい茶菓子が食べられることだろうと白筍は楽しみにしていた。
和尚と白筍と荷物持ちの小坊主や護衛の者など数人で街道を旅した。運が悪ければ追い剥ぎに会うこともあるからである。追い剥ぎと言っても食い詰めた農民が旅人を襲うようなもので、武器は鎌や鋤といった程度であるから、刀剣を携えた護衛をつければたいていは追い払うことが出来た。
しかし運の悪いことに一同が遭遇した相手は妖怪であった。昨晩のこと、旅の途中ながらも和尚が白筍に熱心に仏法を説いていたために、朝に宿を出るの遅くなり、近道をしようとして峠越えを選んだのがよくなかった。峠に女の妖怪が住み着いていたのである。
妖怪はまだ人の姿を残していて、腰布こそまだ残っていたものの上身は肌があらわになっていた。およそ妖怪というものも大別すれば獣が变化したものと人が变化したものがあり、また中には草木や石などが变化したものもあるが、世が荒んだときには人が妖怪に变化することが多いのである。人の姿が残っている妖怪には、まだ人の心が残っているという説もある。
女怪は唸り声を上げて一同に襲いかかってきた。息だか体臭だか、気が遠くなるようなにおいが漂っている。和尚は妖怪よりもあらわな女体を恐れたようで、眼を覆って座り込んでしまった。荷物持ちは荷物を放り出して逃げていった。護衛の者も一度は刀を構えてみたものの、女怪が怯まないので自信がなくなったようだ。へっぴり腰で二、三度刀を振るうものの女怪の爪にかかって動けなくなった。
白筍はもとより女怪と戦う力などなく、おろおろするばかりであったが、護衛の落とした荷物の中から握り飯が転がりでたのを見て、恐る恐るではあったが、その握り飯を拾って女怪に向かって差し出した。白筍にとって飢えは絶対的なものであり、それゆえに食べ物を差し出すことは最大限の好意の表明なのである。それは女怪にとっても同様であった。飢えと貧しさゆえに妖怪になったその女にとって、食べ物をくれる相手は味方に間違いないのである。それは食べ物を容易に奪える状況でも変わりはなかった。
女怪は白筍の手から握り飯を取って食べ、白筍になついたようだ。女怪は白筍を抱えるとねぐらに連れ帰った。女怪に攫われた白筍は逃げ出すのも危険があるかと思い、おとなしくなされるままにしていたが、ふと思いついて女怪に仏法を説いてみようとした。仏法についてはまだ奥深いところまでは知らない白筍ではあるが、何度も何度も和尚に説かれているから、仏法を説く真似事くらいは出来ると思ったのである。たとえ真似事であっても有り難い仏法であれば、いくらかの利益はあるだろうと。
それから白筍は毎晩、毎晩、女怪に仏法を説いた。説かれる立場と、説く立場、男と女の違いなどがあり、よく分からない点や難しいところもあったが、白筍は心を込めて毎晩仏法を説いた。和尚が白筍に説いた様子を思い出しながら出来る限りそっくりに真似て女怪に対して仏法を説き続けた。その甲斐あってか、女怪は徐々に大人しくなり、人を殺すこともなくなり、ただ旅人の食料や畑の作物をもらってくるだけになった。そして姿も人間のものに近づいて来た。
やがて月が満ちて女怪は玉のような男の子を産み落とした。そして女怪と白筍と次々と生まれる子供たちは旅人を脅して荷物を奪いながら仲良く暮らしたということだ。