あるところに断捨離じいさん、断捨離ばあさんと呼ばれる夫婦がおりました。
「お婆さんや、もう何十年も朝昼晩、朝昼晩と毎日毎日ご飯ばかり食べて飽きてしまったよ。明日からは、ご飯はやめてパンにしてくれないかね」
「お爺さんったら、いやですね、昨日もうどんを食べたじゃありませんか。その前は蕎麦を食べましたよ」
「おや、そうだったかね。すっかり物忘れがひどくなってなぁ。ところでわしらの家はこんなに大きかったかのう?」
「いやですよ、お爺さん。これは息子の太郎作が建ててくれたんじゃないですか」
夫婦には娘が三人、息子が一人いたが、末の男の子は、寺子屋に行きたいというので行かせたら、才能があったのか寺子屋で一番の成績になってしまった。そして街の商家からうちで働かないかと誘われたのだ。
近所の人は長男を外に出すなんてという批判もあったが、こんなところで百姓仕事をさせるよりも本人のためにもなるだろうと働きに出したところ、あっというまに番頭にまで出世したかと思ったら、商家の旦那から娘婿に欲しいという話が来た。その頃には娘たちはみんな嫁に行っていたので、心細いことだと思いながらも、夫婦は長男を婿に出すことを了承した。愛情が薄かったのである。いや、物事に執着しない夫婦だったのだ。
結婚の時や孫ができた時には商家に遊びに行った夫婦だったが、普段の暮らしぶりとあまりにも違う豪華な歓待に却って気疲れしてしまい、それからは足が遠のいたのであった。
商売が繁盛しているせいか、息子の太郎作も親に会いに来る機会は少なく、その代わりとして立派な家を建ててくれたのである。家はなんだか立派過ぎて落ち着かなかったけれど、番犬にするようと犬を付けてくれた。それはかわいい犬で、丸い鼻がまるで何かのボタンのようだった。「ポチッとな」お爺さんがそう言うので犬の名前は「ポチ」になった。
「あれから何年経ったかねぇ」
「やっぱり私たちに、この家は少し広すぎますねぇ」
「そうだねえ」
二人がそんな話をしていると、近所に住む夫婦が通りかかって、「そんならあたしたちの家と交換しておくれよ」と言った。
執着心を持たない断捨離夫婦は、ああいいよと家を交換してしまった。
小さな家に引っ越すと二人は「ああ、落ち着くねえ」などとのんびり暮らしていました。しばらくすると、家を交換した夫婦がやってきてこう言いました。
「家が大きいのはいいが、大きすぎて不用心だ。番犬が欲しいから、犬をくれ」
可愛がっていたポチだけれど、確かにあの家には番犬が必要だろうとポチをくれてやることにした。愛情が薄い夫婦である。いや、執着心が少ないのであった。ポチは断捨離夫婦の家に戻ろうとしたが、鎖で繋がれてしまったので戻れなかった。
家を交換した相手夫婦は、執着心が強くいくら物を持ってもなお足りない足りないという求不得苦に悩まされていた。そしてあれこれ理由を作っては断捨離夫婦からものを巻き上げていくのであった。また、断捨離夫婦の方も太郎作が贈ってくる物を惜しげもなく与えてしまうのであった。
断捨離夫婦は元から質素な暮らしをしていたが、求不得夫婦は派手な暮らしをしていたのでやがて不心得者が目をつけて、ある日のこと、泥棒に入られて金目の物を盗まれてしまった。
求不得夫婦は泥棒に入られたのをポチのせいにして、殴ったり蹴ったりの酷い仕打ちをした。番犬の役に立たないなら無駄飯食いだとポチを家から追い出した。
ボロボロになったポチが断捨離夫婦の家に戻ってくると、夫婦はポチを再び大切に飼った。執着心はないが、来るものは拒まないからである。
体の傷が癒えると、ポチは断捨離夫婦から離れず畑仕事にもついて行くようになった。お爺さんが牛蒡を掘っていると、ポチもしきりに穴を掘ろうとする。
「ここには牛蒡の種は撒いてないはずじゃがのう」
そう思いながらお爺さんが一緒に穴を掘ると、そこから大判小判が大量に出土した。
「こんなもの出てきても仕方がないんじゃがのう」
そう思いながらもお爺さんは小判などを集めて持ち帰った。お婆さんと相談すると、村の人達に分けてしまうのがいいだろうということになって、村中のひとに配って回った。どうしたんだと聞かれると、いや、ポチがここを掘れというので掘ったら出てきたとありのままに説明した。
翌日になると、求不得爺さんがやって来た。「その犬は確かうちでもらった犬のはずだ、近頃姿を見ないと思ったらこっちに戻っていたのか。うちの犬だから連れて帰るぞ」
これには断捨離夫婦もちょっとカチンと来た。ポチも哀れな鳴き声を上げた。しかしポチをくれてやったのは事実である。今更どうしようもなかった。
さてポチを畑に連れて行こうと思ったが、求不得夫婦は畑を持っていなかった。断捨離夫婦からいくらでも物が手に入るので、畑仕事などする気はなかったのである。あわてて村で一番安い土地を買い叩いて手に入れた。
ポチは畑に連れてこられても、虐待者のそばでは落ち着かないでいたが、求不得夫婦がいつまでも手出しをしないでいるので、やがて犬の習性がでて縄張りマーキングをした。
それ、ここだとばかりに、求不得夫婦は必死になって土地を掘り起こしたが、村一番の安い土地である。耕作に適さないので村人が割れた瓦などを捨てるのに使っていた場所だ。さらに、瓦のすきまに様々な生き物が住み着いていた。そこを掘り起こすものだから、ムカデやら蛇やらがわさわさと群がり出てきた。求不得夫婦は毒虫に刺されてほうほうの体で逃げ出した。
そしてポチに八つ当たりして何度も何度もひどく殴りつけた。ポチはとうとう動かなくなってしまった。しばらくして求不得夫婦の家にポチの姿が見えないので、辺りを探しまわった断捨離夫婦が冷たくなったポチを見つけた。
「なんとひどいことをするのでしょう」
「うむ、まったくだ。だが死んでしまったものは仕方がない。せめて手厚く葬ってやろう」
断捨離夫婦はポチの墓を作り、そこに木を植えた。いわゆる樹木葬である。植えた木が小さいうちは何度も墓に通った夫婦だったが、木が大きくなる頃にはだんだん足が遠ざかり、ポチのことも忘れていった。情が薄い、いや執着心が少ないのである。
あるとき、大きな音がした。断捨離爺さんが音のした方に行ってみると、求不得爺さんが大きな木を切り倒していた。音はその木が倒れた音だった。その木はポチの墓に植えた木だった。いつのまにやら、立派な大木になっていたのだ。
「この木があまり大きいので、うちの畑に影が落ちるんじゃよ。悪いが伐らせてもらったよ」
「伐る前に断ってもよいじゃろうに」
「あんたの木だったのかい、それじゃあ片付けておいてくれ」
伐られてしまったのでは仕方がない。このまま倒しておいても邪魔になるというので、断捨離爺さんは木を片付けることにした。あまり大きな木だったので、これは臼でも作ろうかと根本の太いところで臼を作り、太い枝から杵を作った。残った部分は薪にした。
年末になると断捨離夫婦はその臼で餅をついた。お爺さんが杵で餅をつき、お婆さんが掛け声をかけて手でこねる。息のあった餅つきである。お爺さんの力は衰えているが、杵の扱いは年季が入っている。
しかし、ジャリっと音がしてお爺さんは杵を止めた。お婆さんが餅の中を探ってみると、小判が何枚か出てきた。小判を取り分けてから餅つきを続けていると、またジャリっと音がして小判が出てくる。なかなか餅がつけない。ようやく餅がつけた時には取り分けた小判がたらいに一杯分もあった。
「餅と一緒に近所に配ろうかね」
「そうしましょう」
二人は近所に餅と小判を配って歩き、求不得夫婦の家に来た。
「ここだけのけ者にするのも気の毒だし、この二人にもあげましょう」
「お爺さん、なんか嫌な予感がするんですけど」
さすがに、お婆さんには学習能力があった。
「まあまあ、予感なんて気にすることはないよ」
お爺さんは過去の経験にも固執しないのであった。
求不得夫婦がこの小判はどうしたのかと聞くので、二人は聞かれるままに答えた。すると、求不得夫婦は臼を貸してくれという。
お婆さんはつんつんとお爺さんの袖を引いて、止めるように伝えようとしたが、お爺さんは気がつかない。
「餅はもう正月の分までついてあるからね。臼はしばらく使わないですね。いいですよ、貸しましょう」
求不得夫婦は急いでもち米を蒸すと、借りた臼で餅をつき始めた。実にへっぽこな餅つきである。杵を持ち上げる腰が入っていない。狙いは定まらず臼の縁を打ってしまう。お婆さんの餅をこねる手はおっかなびっくりで腰が引けている。とうとうお爺さんの杵はお婆さんの手を打ってしまった。
「なにすんじゃあ」
求不得婆さんはお爺さんにのしかかって首を締めた。二人が取っ組み合いの喧嘩をしていると、臼の中からもわもわと黒くて臭い糞尿のようなものが溢れ出してきて、辺りは汚物だらけになってしまい、餅も食えなくなってしまった。
翌日、断捨離爺さんは臼を返してもらいに求不得爺さんの家に行った。
「臼ならそこにあるわい」
指差した先にあるのは、臼の燃え残りと灰ばかりであった。
「やはりこうなりましたねぇ」
二人で臼を運ぼうと付いてきていたお婆さんが言った。
「まあ、燃えてしまったものは仕方がない。灰だけでも持って帰ろう」
断捨離爺さんはあまり気にしていない。生き物を殺されるのに比べれば、臼を燃やされるなど大したことではない。
「ポチを樹木葬にしたのは間違いだった。散骨する方がよかったのだ。今から骨を掘り起こすわけにもいかないから、代わりにこの灰を撒いてやろう」
断捨離爺さんが、灰をパラパラと撒いていると、年末の糞忙しい時期だというのに、なぜか殿様がぶらぶらと歩いて通りかかった。
殿様は領地に馴染まず、江戸に早く帰りたいという思いで一杯だった。田舎には面白いものがないし、奥方も居ないし、糞真面目な家老が口うるさく小言をいうばかりだし。年末の忙しさでお付の者の目が離れた隙に城を抜けだしてぶらぶらと散歩をしていたのだ。寒いのに。
灰が殿様に掛かってしまう。断捨離爺さんもこれには慌てた。だが、殿様のかかるまえに手前の木に灰が掛かると、一斉に桜の花が咲いた。桜の木でもないのに。
「おお、これは見事な手妻じゃ」
江戸でも見たことのない派手な手妻に殿様の気分は晴れた。断捨離爺さんの住所を聞いてあとで家来に褒美を届けさせた。
この話を聞いた求不得夫婦は、さすがにちょっと嫌な予感がしつつも、身の内から沸き起こる欲に勝てずに、家に残っていた灰を掻き集めて、お城に行って手妻をご覧に入れたいと申し出た。
殿様は一度見たからもう見なくてもいいかと思ったが、家老や家来が話を信じないので、爺さんを入れて手妻をやらせることにした。
求不得爺さんは、灰を撒く前にもう一度いやな予感がしたが、いまさら後には引けないので、城の庭の木に灰を振りかけた。花は咲かない。いくら振りかけても花が咲かないのでヤケになって残った灰を一気に撒いた。その時である、ふっと風が吹いて灰がお殿様の顔にかかった。
求不得お爺さんはその場で斬り殺されてしまった。
翌日、断捨離夫婦は求不得お爺さんが死んだことを聞いた。
「まあ、死んだものは仕方がないねえ」
「仕方がありませんね」
「悲しんでもどうにもならないし」
「どうにもなりませんね」
あとがき
なんか無駄に長く、無駄に時間がかかった。いや、花咲か爺さんって犬が死んでも結構あっさり受け入れているなと思ったものだから。