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ネギ式

適当に生きるおっさんのブログ

宿業

宿業というのは仏教用語なのだが、今世の運命を決める前世の善悪とかいうらしい。善行を積んで来世でいい目見ようぜってなことだ。これは仏教的考え方ではないけれど。来世のために今世頑張ろうぜってのは、なにも来世、今世の話だけではなく、いい大学に入るために頑張って勉強しようぜとか、出世するために頑張って働こうぜみたいな考えでもあると、俺は思うのだ。

学校(特に高校までの学校)では概ね評価基準が定まっているから、その評価基準を上げるために辛いことにも耐えようという傾向があるし、逆にその評価基準を上げることは無理だから、あきらめて適当に楽しもうという考えもある。

会社でも昔からある大企業なら、やはり評価基準が明白で、出世コースに乗るためにバリバリ働こうとか、それは無理だとあきらめて適当にやろうとか考えるのだろう。

それ以外にも、様々な界隈に様々な自己評価基準があって、ブログ界隈ならPV数とか、アフィブログなら収益とか、ナンパ界隈なら人数とかそれを競ったり、競わなかったりしているのがすべて宿業であると、俺は思うのである。

物に捕らわれることと、物に捕らわれないということに執着することは対立する概念ではなくて、同じ側面ではないかと考えさせるような生き方を示してくれるブログが多くて、いろいろ思考が捗るわけである。

一つの評価基準では競争を降りて、俺は趣味に生きるとか言い出しても、趣味の世界もまた厳しい評価基準があるのだ。PVよりもスターを集めると思っても、宿業からは逃れられないのである。

そういうことで苦しむのは、もうやめようというのが解脱という考え方だと俺は思う。もう少し正確に言うと、そういうことで苦しんだり楽しんだりするのはもう止めようという考えである。